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SENIOR DREAM PROJECT 〜あなたの夢を応援〜やってみる。「自分の作品で個展をひらきたい」「スポットライトを浴びながらステージで演奏したい」「自分史やエッセイ、写真集など、自分の本を出したい」そんな夢を遠慮しないで、やってみる。“今さら”ではなく“今だから”実現できる夢があるはず。私たちが、あなたの夢への挑戦を応援します。
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夢追うひとびと
# 9
「叶えた夢。次なる夢。」
多田祐子さん(59歳)
2月某日、南青山のピガ画廊にて43回目の絵画展を開催している多田祐子さんを訪ねました。 多田さんは、子供の頃から絵を描くことに興味を持ち、29歳の時には抽象画を描くようになり、 既に500点を越える油絵を描き続けてきました。現在、ご主人の会社の仕事を手伝いながら、 主婦業と趣味の絵画を中心に暮らしている多田さんは、ボランティアで若手ピアニストの コンサートをプロデュースしたり、河童愛好家の集まりである「かっぱ村」の 広報担当としてニュースレターを発行するなど、多忙な毎日を送っています。 そんな多田さんがこの度、叶えることができた長年の夢について、 そして、次なる夢についてお話を伺ってきました。
多田祐子さん
「愛する心」 ロシア国立エルミタージュ美術館収蔵「愛する心」


エルミタージュ美術館収蔵証明書




幸運な偶然“セレンディピティー”


かっぱ村公報
-- 海外の美術館に作品を収蔵したい。
 小学校の頃から絵を描くことが好きだったという多田さん。 最初は水彩画を描いていたが、19歳の頃から油絵をはじめ、29歳の時には 「絵を描くのにルールはない。もっと自分自身を自由に表現していいんだ」と開眼し、 それ以来ずっと抽象画を描き続けている。
 たくさんの絵を描いていく中で、多田さんにふと、とてつもない夢が芽生えてきた。
 「いつの日か海外の美術館に作品を置いてもらえる日本人になりたいと思ったんです。 海外の美術館に行っても、あまり日本人の作品を見かけなかったですし、 もっと日本人の作品が海外の美術館に収蔵されてもいいのではと思い、 その先駆け的存在になろうと考えたのです」
 美術館に作品を収蔵してもらうというのは、もちろんお願いして叶うことでもなく、 日本を代表する画家でも、実現している人は決して多くない。 そんなことを考えると、どんなに果てしない夢かと思うが、 2006年4月、なんと世界を代表する美術館、ロシア国立エルミタージュ美術館に多田さんの 作品『愛する心』が収蔵され、多田さんはみごとに夢を叶えてしまった。
 さかのぼれば、2003年9月にロシアのサンクトペテルブルク建都 300年祭に多田さんが作品を出品したことが、幸運を呼び起こしてくれるきっかけとなった。
 「サンクトペテルブルク建都300年祭に出した作品が、エルミタージュ 美術館の副館長・ウラジーミル・マトベーエフ氏の心に留まり、 WAC(世界芸術文化交流会)日本支部を経由して、エルミタージュ 美術館に私の絵を収蔵したいとお声掛けいただきました。 エルミタージュ美術館と私の間には何人もの人を介して申し出を受けた のですが、その話を聞いたときはそれはもう本当に夢のようでした。 無欲にコツコツと活動を続けて いると、思いがけず見出してくれる人が現れるものですね」
 多田さんは、夢が現実となった瞬間のことをしみじみと語ってくれた。


-- セレンディピティーがいっぱい!
 多田さんは毎朝7時ごろには起きて、活動的に動き回っている。
 「マグロは常に泳いでいないと生きていられないと言うでしょ。 私も『じっとしてなさい』と言われたら、きっと死んでしまうわ(笑)。 家からぽーんと飛び出して、アクティブに行動し、日々努力していると、 幸運な偶然“セレンディピティー(serendipity)”にたくさん出会うんですよ。 常に、絵のことを考えていたり、準備ができていると、チャンスに恵まれることが多いです」
 家事に加えて、ご主人の会社の仕事を手伝ったり、絵を描くことだけでも相当忙しいだろうけれど、 それに加えて、若手のピアニストのコンサートをプロデュースしたり、 河童愛好家の集まりである「かっぱ村」の新聞を編集・発行したり、多田さんは、 実に幅広い分野で、ユニークな活動をしている。
 「人から何か依頼されると断ることができないんです。 何でもおもしろがってやってしまうタイプなんですが、 唯一苦手なのが『片付け』。部屋を片付けなければならないと思うと、 前頭葉が痛くなるんです(笑)」
 片付けが苦手だという多田さんだが、山積まれた書類の中から、 必要な書類は一発で取り出せ、周囲をびっくりさせているそうだ。

思いがけないものを発見する能力。
(おとぎ話”The Three Princes Serendip”の主人公たちがこの能力をもっていることから、 イギリスの作家 H=ウォルポールが造った言葉。特に科学分野でケアレスミスなどから 思わぬ大発見を生む時などに使われる) [三省堂・デイリー新書辞典より引用]
-- 作品を生み出す工夫、作品を遺す技術。
 エルミタージュ美術館をはじめ、上海美術館やタイ王国王宮などの海外美術館に自分の作品を収蔵するという 「夢」を叶えた多田さんは、別の「夢」も大切にしている。
 「普段はほぼ毎日、葉山にある自宅内のアトリエで、絵を描くようにしているのですが、 日々の暮らしや、旅先で見たものや聞いたものが題材となるだけでなく、 眠っている間に見る“夢”からインスピレーションを得て、 構図を描くこともあるんです。夢には色がついていますし、 強弱や凹凸もあるので、見た夢をすぐにスケッチに控えるようにしています」
 夢が教えてくれた構図を元に、余計なものを描かないようにムダを取り去り、 時には筆を加えて作品を作り上げていく。ちょうどいいところで、 筆を置くのは難しいそうなのだが、「これ以上描いては饒舌になってしまう」と 筆を止める頃合は感覚的によくわかるという。
 もう一つ多田さんが作品を描く際に気をつけていることがある。 それは1000年後でも自分の絵が人々を魅了し、美しく色が残るようにと 色を何度も何度も重ねて丁寧に描くということだ。
 「エジプトの王様が在位中に描かせた絵は、数千年経った現代でも楽しむことができます。 しかし、在位が短かった王様の絵は、色を何度も重ねることができなかったので、 色が残っていないこともあります。このことからもわかるように、 丁寧に何度も色を重ねた作品は、後々まで深い色が残っているんです。 だから、私も、何度も何度も色を重ねて、1000年後も人々に鑑賞してもらえるようにと思って描いています」


「桃花の里」


PIGA画廊にて

PIGA画廊の石河さんと


短歌集「揄雨」
-- 福は内。鬼も内。
 多田さんの絵は、明るくて、見ているだけで、希望やエネルギーが湧いて来る。 ご本人も、描く絵と同様に元気一杯で明るい人柄だが、 そんな多田さんでも落ち込んだり、ピンチだと思うことはあるのか聞いてみた。
 「いつも利益のことを考えずに動いているので、金銭的にはピンチかもしれませんが、 今までに特に『ピンチだ!』と思ったことはないですね。 これと言って挫折も無いんじゃないかと思います。 私は自分の夢を閉じ込めずに周囲に言っておくことで、助けてくれる人が現れたり、 幸運に恵まれると信じています。準備をちゃんとしているところには、幸運がやってくるんですよ。
 それから、普通は『福は内。鬼は外。』って言うでしょ。でも、我が家では『福は内。鬼も内。』と言うんです。 鬼も受け入れる心の余裕を大切にしたいし、ある意味、自分の中にも鬼は居ると思っていますから」


-- 次なる夢。
 海外の美術館に自分の作品を置いてもらうという長年の夢を叶えることができた多田さんは、 新たなチャレンジとして、いつか歌集を出してみたいと夢見ているそうだ。
 「昔から『古今集』が好きで、『古今集』を手本にして、短歌を詠むようになりました。 今までに自分で詠んだ短歌で歌集を作ってみたい!そんな風に思っています」
 今回、その予行演習のように多田さんは、手作りで短歌集「揄雨」を50冊作った。友人などに配り、 好評だという。きちんと製本した夢の短歌集が出来上がるのも、そう遠い未来のことではなさそうだ。
 「『私にはムリだわ』とか『私には出来ない』なんて言わないで、まずはやってみること。できるところまででもいいし、 チャレンジしているとチャンスはつかめる。そう思います」
 多田さんの力強い言葉にやる気と元気をいただいた。

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