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夢追うひとびと
# 13
「コインを片手に、ダンスに出掛けよう!」
武田志郎さん(59歳)
平日の夜7時。横浜の市が尾にある体育館には、 続々と社交ダンスのレッスンを受ける男女が集まって来ました。 その中でひときわ姿勢がよく、スリムな体形の武田志郎さん。 どんなに忙しくても週3回ほど、ダンスのレッスンに通っているそうです。 今回の「夢追うひとびと」は、武田志郎さんにダンスの魅力や、 ダンスにまつわる夢などをお伺いしました。
武田志郎さん

ダンス大会で演技する武田さん
-- 規則正しい生活がもたらしてくれたもの。
 これまでダンスとは全く無縁な生活を送っていた武田さん。ダンスとの距離が近づくファーストステップは だいぶ昔にさかのぼる。
 「うちは家族4人ですが、子供2人が成長するにつれ、本職の給料とは別に 自分の小遣いは自分で稼ごうと思い、新聞の求人欄から早朝パートの仕事を探しました。 面接の結果、『来週から来てください』との返事をいただたのですが、 『やるのであれば、自分の気持ちが変わらないように明日から働かせてください』と無理やり頼み込み、 早速働き始めました。その日以来、夜9時就寝・朝4時起床の生活を始めて今年で早16年。 自ずと夜遊びは禁物、深酒もやめ、規則正しい生活を送っています」
 健康的な生活を続ける武田さんは50歳になった時、『自分は100歳まで生きよう』と決心したという。
 「水泳で言えば、50mプールの片道を泳ぎきったということ。 この後ターンして、向こう岸までもう一度50mをうまく泳ぎきるためには、“メタボリック・オヤジ”には なってられません。
 早朝5時から7時までの仕事は約4000歩も歩くもので、 『そうだ!どうせ4000歩もウォーキングするなら、これを利用して減量もしよう』と その日から体重計と友達になり、約1年掛けて62kgの体重を51kgまで減量しました」
 なんともポジティブ・シンキングな武田さん。
 「この早朝パートの仕事を始めて本当によかったと思っています。 朝食前にトレーニングをさせてもらい、その後社員食堂での朝食、更には 朝風呂にまで入ってサッパリしてから、本業へ出掛けられます。 運動もさせてもらい、その上給料ももらえるとは…、なんとも嬉しい限りです」
 健康的な生活を続けるため、夜は家で映画を楽しむ機会も増えたという武田さんは、 ある夜、一本の映画と出会い、ダンスに魅了されることとなる。
 「ダンスを始めたのは3年前です。ある晩BS放送で『TANGO(タンゴ)』という映画を観ました。 映画の中のワンシーンで男女二人が踊る姿を見て、なんて素敵なんだろうと思ったのがきっかけです。 ラ・クンパルシータの曲に合わせてのダンスシーンでは涙が止まらず、『どうしたらこのダンスを自分も踊れるようになるのか!』、 『ぜひダンスを習ってみたい!』と衝撃を受けたことを今でも憶えています」
 ダンスの映画といえば、『Shall we dance?』を思い浮かべるが、 武田さんは『Shall we dance?』を観た時にはこれほどダンスにひきつけられることはなく、 自分でやってみようとまでは思わなかったそうだ。
 そんな武田さんにとって、自由なフォームで美しく踊るアルゼンチンタンゴは、 格別なものだったのだろう。 観ているだけでなく、自分も踊れるようになりたい。武田さんの心が大きく動いた。

-- ダンスとは気軽なスポーツ。
 「いざ始めようと決めたものの、不安もあった。 知識が全くなかったので、どこで習えばいいのかもわからないし、 用具の準備もわからない。 たとえそれがわかったとしても、 ダンス教室が遠方すぎても通えないし、 費用が高すぎても長く続けられない…と」
 しかし、情報収集を進めていくうちに、そんなことは 余計な心配ということがわかってくる。
 「芸能人が社交ダンスに打ち込むというテレビ番組の効果もあるのかどうか、 ダンスって思っている以上に気軽なスポーツだったんです。 教えてくれるダンス教室や区の集まりもたくさんありますし、 競技人口も多い。特に、私の自宅から近い横浜市の青葉区は幸いダンスが盛んで、 指導してくれる先生もとても熱心です。 今では、片手に1コイン(500円)を持って出掛け、 色々な場所でダンスを楽しんでいます」
 昨年12月には、社交ダンスの新人戦に出場し、ラテンで32組中3位、 ワルツ、タンゴで34組中2位という好成績を収めたが、 武田さんは現状に満足することなく、更なる上達を目指している。
 「パートナーとお互いの肋骨(アバラ骨)がかみ合った状態で、一曲分を美しく 踊ることができたら、どんなに素敵だろうと夢見ています」


-- フォームにとらわれず、自由に踊る。
 武田さんは、若いころにはバドミントンを楽しんでいたそうだが、 年齢を重ねるごとにバトミントンから離れていった。 なぜなら、今までだったら打ち返せるはずの羽を打ち返せなくなってきたからだ。
 「バドミントンには正直年齢的な限界を感じたのですが、 ダンスは聴覚や視覚もフルに活かして、音楽に合わせて楽しめる素敵なスポーツですので、 年齢を重ねてからでも無理なく始められます。その上、衣装を着飾って踊るので、 気持ちも晴れて、いくつになっても長く楽しめるスポーツだと実感しています」
 ダンスの魅力は色々とあるが、武田さんにとって一番の魅力は、型にはまらず自由に踊る美しさ。
 「社交ダンスのようにしっかりとしたフォームで格式のある踊りもいいけれど、 あの日映画で観たように自由なフォームで情熱的な音楽にあわせて美しく踊る 『アルゼンチンタンゴ』がやはり大好きです。 柔らかで、自由な動きのアルゼンチンタンゴの魅力を、 これから一人でも多くの人に伝えていきたいですね」













-- 焦らないでいいんです。少しずつ、少しずつ前へ進めれば。
 早朝パートの仕事を16年以上も続け、偶然出会ったダンス教室にも 積極的に通う武田さん。何かを始めるにはやはり行動力が必要なのだろうか。
 「よく周囲から『たった一人で習い始めるなんて勇気がありますね』と言われます。 なるほど、私は自分一人で何かを始めるのはまったく平気なんです。 多くの人は一人で何かを始めるのはとても抵抗があるようですね。 私は、若いころからやりたいと思ったら、 とりあえず一歩を踏み出してみます」
 うーん、やはり……。
 「でも、月並みですが無理せずできるところから始めればいいと思います。 焦らないで少しずつ、少しずつ前へ進めれば。
 例えば、何かを始めようと思ったその日に、玄関で靴紐を結び、 出かける準備をするところまでできたのなら、私は、 その日はそれだけでも行動を起こした自分を褒めてあげるんです。 次の日は教室の前まで行けたとか、見学ができたとか、今日はここまで出来た!と自分を褒めてあげるといいと思います。 頭で考えずに、ほんの少しでもできるところから行動していけば、 気付いたら教室に通い続けているようになっているかもしれません」
 確かに、これなら、無理せず自分のペースでできそうだ。
 「明日は、明日で、ちょっと進めばいい」という武田さん。  最後に「武田、来年カンレキです!」と言いながら、この日一番の笑顔をみせてくれた。

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